御殿場に残る中納言藤原宗行の墓所と藍沢五卿神社 

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藍沢の里人は宗行の遺骸を葬った塚を「お公家さん」と呼んで崇め、鎮守の杜に祠を建てて遺徳を偲んだと伝わる。当初は五卿の文字を含んでいなかったが、
昭和の初期に 後鳥羽上皇 の近臣だった他の四卿を合祀してから藍沢五卿神社と呼び始めたらしい。宗行が従二位を遺贈された昭和二年(1927)前後だろう。
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社殿の左に建つ石碑の部分が宗行の塚、玉垣の外に建っているのは文化七年(1810)建立の碑(御殿場市文化財)で、次の碑文が刻まれている。
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こたび里人つどい そのかみことふり世くだりきつつ このあい沢にて かしこき御かたのみまかり給ふをきき伝う ここに長明のよみたまえる和歌をもて
古墳の追碑をたてまつる
   おもえばな うかりし世にも あい沢の みずのあわとや ひとのきゆらん


     

        左: 目的がなければ通り過ぎそうな無住の小社である。鳥居の前にも駐車できるが、のんびり見学するなら近くの大型店駐車場に停めると良い。
        中: 上記した文化七年(1810)建立の碑。今では何の変哲もない裏道だが、江戸時代までは箱根峠と並ぶ足柄峠に続く街道筋だった。
        右: 社殿の左手に建つ「前中納言宗行卿墓」の碑。建てた年代は確認しなかったが古いものではない。元々はこの塚が墓所だったらしい。

この頁は2019年 8月19日に更新しました。